江戸時代の豊中における領主たち

江戸時代における豊中の領主は麻田藩の青木氏だけではありません。
むしろ麻田藩は豊中のほんの一部であり、豊中市エリアは幕府直轄の天領が大半を占め、複数の大名によって細かくその所領が分けられていたのです。

1.麻田藩 青木氏
2.半原藩(岡部藩) 安部氏・・・埼玉県深谷市
3.飯野藩 保科氏・・・千葉県富津市
4.淀藩   稲葉氏・・・京都府京都市伏見区
5.三卿 一橋氏
6.代官 斉藤氏

旗本
7.大島(伊)氏
8.大島(雲)氏
9.船越(柳)氏
10.船越(主)氏
11.蒔田氏
12.畠山氏
13.鈴木氏
14.大島(鉄)氏


これは「入り組み支配」というもので、幕府に対し反乱などを起こさせないようことを目的とした所領配置でこの時代の他の近隣地域でも見られるものです。大坂から近く多くの街道にも接するこの地域が、政治的にも経済的にも重要な地域として幕府に考えられていたことがわかります。そして度々所領(国)替えにより領主が変わることがありました。

その中でも青木氏は江戸時代の間飛び地以外所領の移動などがなかった珍しい大名です。
青木氏以外の大名の所領はすべて飛び地で本拠地は別の場所にありました。桜井谷などの領主、半原藩安部氏の陣屋が北緑丘あたりにあったということですが詳細はよくわかりません。

明治維新後も府県、郡村の編成により離合集散が重ねられましたが、麻田藩の領地が兵庫県伊丹市、大阪府の池田市、箕面市、豊中市の4つに分断されたのはいかなる理由によるものなのでしょう。

明治の廃藩置県の際廃藩と相成ったところがありますが、経済財政的に疲弊していたことや、複雑な所領配置でガバナンスが困難とされたなどが理由とされています。幕末期には財政的に厳しく一揆などもあった麻田藩もそれに近いものがあったのかも知れません。豊中の領主たちがいずれも廃藩置県の際にそれぞれあった藩の名前をその地名からも失っているのは偶然なのでしょうか。

領主をメインにした上の地図と藩や天領を示した下の地図、若干細かいところは違いますが、その所領の複雑さがよくわかります。

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大阪府史より引用


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新修豊中市史より引用

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