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zoom RSS まだあった麻田藩 陣屋門! 池田・正光寺

<<   作成日時 : 2010/02/12 18:49   >>

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麻田藩陣屋の遺構はもうないと思っていましたが、まだありました!
地元の図書館の資料室で地域史資料を読みあさっていたら、見つけたので早速行ってきました。

場所は池田市住吉にある「正光寺(しょうこうじ)」というお寺です。
訪ねたところ門が閉まっていたのですが、住職さんに中に入れていただき、お話をしていただくことができました。
池田 正光寺
池田 正光寺 posted by (C)FLAT4

この正光寺は江戸時代は麻田藩の領地内にあったことから、二つの伝承があるそうです。

一つ目は庭園にある大きな岩です。平安時代、このあたりは薬草園であったそうで、そこを管理していた平安時代の天皇の待医「中納言菅原峰嗣」が見回り時に休憩に使っていたといわれています。横には「中納言菅原峰嗣休憩岩」という石碑があります。
中納言菅原峯嗣休憩石
中納言菅原峯嗣休憩石 posted by (C)FLAT4
中納言菅原峯嗣休憩石
中納言菅原峯嗣休憩石 posted by (C)FLAT4
江戸時代に麻田藩主がこの岩を陣屋に持ち帰ったところ、毎晩石が「帰りたい」とすすり泣く悪夢に悩まされ、正光寺の近くの辻に放置したそうです。その後この正光寺内に移されたということで「夜泣き岩」とも呼ばれています。

住職さんによると、「中納言の休憩岩のことは史実として確かなのですが、麻田藩主の「夜泣き岩」の話については、時期や捨てられた場所など不明なことが多い。」のだそうです。

二つ目はお寺の門です。このお寺も近年の代替わりが激しく文書などが残っていないそうですが、この門はお寺の有力檀家であった麻田の庄屋の祝氏が、廃藩置県の際払い下げられた陣屋門を買い、その後、正光寺に寄贈したということです。この門は陣屋の警備をするところの門であったという伝承があるそうです。
正光寺 陣屋門
正光寺 陣屋門 posted by (C)FLAT4
正光寺 陣屋門
正光寺 陣屋門 posted by (C)FLAT4
正光寺 陣屋門 三つ盛洲浜紋瓦
正光寺 陣屋門 三つ盛洲浜紋瓦 posted by (C)FLAT4
正光寺 陣屋門 洲浜紋瓦
正光寺 陣屋門 洲浜紋瓦 posted by (C)FLAT4

瓦には三ツ盛州浜紋と洲浜紋があります。しかし、豊中の歴史家の中には「この門は麻田藩陣屋門ではなく偽物」という方もおられるのだとか・・・。そういう理由から現在、文化財や史跡としては認定されておりません。

しかしこれまで私が撮った他の陣屋門の瓦と比べても同じ意匠ですし、洲浜紋は西日本では珍しい家紋だそうですから、陣屋の屋敷の一部と考えていいのではないかと思います。門全体ではなく、門の一部を移したのでは?という説も文献にありました。

浄土真宗本願寺派 正光寺
大阪府池田市住吉1−9−20
一般公開はしていませんので、ご注意ください。


親切に案内いただいたご住職に感謝いたします

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